第111回
残酷で伝わるもの ブラッドハーレー
 極端な状態や時代を描いた方が人間を表現できる、というようなことを司馬遼太郎か南條範夫が書いていたが(うろ覚え)納得できる話である。極端というのは鋭い、ということだ。鋭い方がメッセージが伝わりやすく、読者の胸により深い傷を残す。
 その鋭さが、残酷、という形で表現されることもある。なぜなら、残酷な出来事が起こる状態や時代そのものが間違いなく極端だからである。


 というわけで今回紹介するのは20世紀初頭のヨーロッパの架空の国を舞台とした連作短編集、沙村広明「ブラッドハーレーの馬車」だっ!
 孤児院に住む女の子達の憧れ、それは聖公女歌劇団を主催する貴族ブラッドハレー家の養女なることだった。養女にする、という名目で各地の孤児院から集められた少女達に、あまりにも無惨な現実が待ちかまえているのだった。
 前に書いたからわかるだろうけど、強烈に沙村広明のダークサイド面が露わになりまくった作品である! 陰惨で鬼畜な話がと〜っても苦手という人は回避した方がいいでしょう。
 ……ややネタバレになるが、ズバリいって、少女達が大勢の男達に強姦されたあげく救われない、というストーリーだ。とにかく強姦シーンは凄惨だし、どこまでも救われない。慈愛に溢れまくった人ならウッキャームッキーとなって焚書だ焚書、と叫びだしかねん勢いだ。
 だがしかしである。苦手でなければ是非、読んでいただきたい!
 極限状態の中で生きる人間の儚さ、美しさ、といったものがギラギラ輝いているからだ。同時に社会のシステムの前で、人間がいかに無力か、ということも描かれている。
 極端な世界の中で傷つき倒れる少女達の姿に胸が熱くなる。提示されたものの鋭さに胸に傷が残る。これこそ読書をする喜びの一つだろう。
 人間の本質とはなにか? 作者が人間をどいったものとしてとらえているのか? 極端な状況を描いているだけに、そういったものが読者に届きに届く。
 この作品のテーマは重い。
 この重さがなんなのかを考えることも読書の喜びの一つだ。肯定するにしろ、否定するにしろ、考えろ。残酷だからダメだなんて、そんな感想は本物の糞にも劣る。