第107回
まんが的表現とは 巨娘
 ウイッス、ファック。
 まんがに特有な一般的表現というのがあると思う。例えば『SLAM DUNK』で魚住が大根をかつらむきをしながら会場に現れる場面だ。リアルワールドに置き直して考えて、あの場面にリアリティがあるかないか? と問われたならばリアリティのないシーンだと答える。だが、その場面が作品としてウソっぽかったか? と問われたならばウソっぽくはなかったと答える。
 実写であの場面を再現したら、かなり違和感があると思う。小説で再現してもやはり違和感があると思う。無論、そういった場面を違和感なく表現した映画や小説は腐るほどあるだろう。だが、まんがのように違和感なく表現するのが一般的であるとはいえないと思うのだ。
 つまり、まんがは、突飛なギャグ場面をぶち込んでも作品世界が崩れにくい、という特性を持っているんじゃないだろうか?
 なぜこのような特性を持ち得たのかを考えるには、まんがの成立過程でギャグが果たした役割について考察しなくてはならないだろう。手塚治虫のシリアスシーンにギャグを入れる癖についても考えるべきかもしれない。
 ……まくらが長くなってすまねぇ。やっと本題に入ります。

 こういったギャグ表現を多用しているのが木村紺「巨娘」なのですよッ!
 身長181センチの女性、通称ジョーさんは焼鳥チェーン店の店長。ビール樽を片手で持つ怪力の持ち主で、男っぷりのいいハンサムで、喧嘩っぱやくて、豪快でたよりなる性格。そんなの彼女と周囲のかなり個性的な人々との愛と仕事の日々を描いた作品だ。
 焼鳥屋の厨房の様子や経営状態などが細かく表現されていていて、おー、焼鳥チェーン店ってこういう風になってんのかぁ、という驚きで、ぐいぐい読める。つまりリアリティのある作品なのだ。
 そして同時にまんが的なギャグシーンが多用された作品でもある。例えば、ジョーさんに殴られた男が池袋から埼玉まで飛んでいくとか、包丁を振り回してチンピラに突っ込むとか。
 こういったギャグシーンを入れることでリアリティが損なわれるかといえば、まったくそういうわけではなく、むしろいいメリハリとなっているのだ。
 まんが的表現とはなにか? ということを知るためには、最適な一冊だといえるだろう。とにかく読んどけ。
 ……で、最後にちょっと関係ない話をしてもいいですか!
 ジョーさんの彼氏のお兄ちゃんキャラが壮絶に可愛いので注目。
 お兄ちゃんキャラでロリロリってなんかもう終末的に素敵ッ! 
 ダメすぎるだろ、これ。僕の勃起を止まらなくするつもりか?!