第101回
超能力? 『明恵 夢を生きる』
 最近、いろいろと事情があって明恵という鎌倉時代初期の坊さんについていろいろ調べてるんだが、これがもうファッキンナイス坊主! 京都の戒律を守らん坊さんへのあてつけとして自分の耳をぶった切ったり、京都の坊さんはトイレより臭ぇと言ったり、天皇が行くなって言ってるのに天竺に行こうとしたら空飛ぶ女に行くなって言われてやめますってなったり、大好きな島にラブレターを書いたり、なんかもう素晴らしくドラマチックエキセントリック坊主!
 というわけで明恵に関する本を読んでいる。
 その中でちょっと変な意味でドキドキしちゃったのがユング派の心理学者、河合隼雄の書いた『明恵 夢を生きる』だ。
 明恵は『夢記』という長年にわたって自分の見た夢を記録し続けた文章を残している。それをユング派の学者である河合隼雄が解読した名著だ。明恵に関するいろいろな興味深いエピソードが紹介されており、素晴らしく面白い。面白いのだが……ユング派である。
 ……誤解を恐れずにややビビリながら言っちゃえばですよ! ユング派の特徴といえば超能力の肯定にあるわけじゃないですか! そんなことない、って言う人もいるかもしれないけど、傾向としてはありますよね? 多分!
 とりあえず河合隼雄は肯定してるっぽいです、超能力を。
「明恵にはテレパシー現象がよく生じたようである。(中略)このようなテレパシー現象はきまめて希なことであるが、時に生じるようである」ときて、オカルトファンには有名なスウェーデンボリの火事の予知話がテレパシーの例として出てくるのだから最高だ。たまらねぇぜ! これこそユング派の人の本を読む時の醍醐味ですよ! このなんとも言えない唐突感やそれまでの理論性を力任せに崩壊させる文章力はまるでミルコのハイキック!
 急激にいろいろなことの説得力がなくなっていく感じが実にビバッ!
 ここを嫌悪せずに楽しめって話なんですよ! ツッコミを入れて楽しむなんていうのは一時代前のやり方だ。まるごと受け止めろ! ノーツッコミで唐突に出てきたテレパシーという言葉を己の中で熟成させるんだよ。そうしないと見えない風景があるんだよぉ! その風景を見るためにこの本を読むんだ! まぁ、見たからどうだってことはねぇけど、取りあえず見ておけ!
 明恵は「あるべきよう」という考えを大事にした。
 この本の「あるべきよう」を諸君らも考えてみろって話なんですよ!

 いまさら、超能力なんか存在しねぇよ、というツッコミを入れるのは野暮中の野暮で、そんなことをする奴はファッキン狂い死ねとまで思うが、でも仏教に興味があってこの本を手にとった人がテレパシーって本当にあるんだぁ〜、とか無邪気に思ったらちょっと問題アリだよなぁ。まぁ、それはそれで面白いからいいけどな!