第84回
プロレスファンじゃなくても必読 1976年のアントニオ猪木
 今時、プロレスは試合結果が決まっている八百長だファック! などどくだらない批判するのはよほどのバカだろうし、プロレスは真剣勝負だセックス! などと主張するバカもそういないだろう。
 プロレスの試合結果が決まってるなんてことは、プロレスファンなら昔からほとんど全員が知っていることだったし(当時ネットがなかったので本当にそうだったのかどうかは断言できないけど、僕の周囲にいたプロレスファンはみんなそれを理解して見ていた)、そもそも真剣勝負か八百長か? という問題と、おもしろいかおもしろくないか? という問題は気持ちいいほど別次元の問題であり、凄いか凄くないか? という問題もまた真剣勝負かどうかということと気持ちいいほど別次元の問題だ。んなこたぁ、大日本プロレスの蛍光灯デスマッチを見れば嫌というほど理解できるし、DDTの全身にオイルを塗って闘うヌルヌルブラザーズの試合を見れば強制的に理解できるって!
 別次元の問題をごちゃごちゃにして考えるか、わけがわからんことになるのだ。
 というわけでなぜ別次元の問題がごちゃごちゃになってしまったのか?
 それはアントニオ猪木のせいなのである!

 柳澤健『1976年のアントニオ猪木』を読めばそれがイヤというほどよくわかる!
 1976年にアントニオ猪木はボクシングの世界王者と戦い、韓国のプロレス界を衰退させ、パキスタンのレスリング一族を没落させた。1年のうちに3度も猪木はプロレスの枠を超えた試合をしたのである。
 この時の爪痕が、格闘技とプロレスの境を滅茶苦茶にしてしまったのだ。
 本作ではどうしてそんなことになってしまったのか? が綿密な取材に基づいて書かれている。
 というわけで、プロレスファンも格闘技ファンも必読の一冊なのである。
 ……とまぁ、こういう紹介をしてもプロレスファン以外の心には届かないと思うので話を変えよう。
 僕は野球にまったく興味のない人間だ。
 だがスポーツ・ノンフィクション作家、山際淳司の『スローカーブを、もう一球』は大好きである!
 なぜかというと、山際淳司の緻密な取材と乾いた文章から浮かび上がる野球選手の姿がとても魅力的であり、文学として優れているからである。
 プロレスという世間的に知名度の低いジャンルをあつかっているから、あまり気づかれていないだけで『1976年のアントニオ猪木』は『スローカーブを、もう一球』に匹敵する作品だと僕は思っている。
 アントニオ猪木という努力をかかさない天才が、なぜ1976年に狂気の世界に走ったのか? その狂気は現代にどのような傷跡を残したのか? そして猪木の狂気に巻き込まれた人々の悲哀……。
 プロレスが好きだろうが、嫌いだろうがかまわない! スポーツ・ノンフィクションが好きなら必読だ!
 

 本作の巻末にアントニオ猪木へのインタビューを試みて断られた時に送った「アントニオ猪木への取材申込書」がついており、その項目の一部分がいろいろな意味でこの世のものとは思えないので紹介しよう。
「パク・ソンナン戦(10/9テグ)は、猪木様が敗北を拒んだためにリアルファイトとなってしまい、猪木様がパクを叩きのめし、目に指を入れたこと。翌日ソウルで行われた試合はごく普通のプロレスになったこと。」
「アクラムとの試合では、アリ戦とは逆にアクラムたちがリアルファイトを仕掛けてきたにもかかわらず、猪木様は反撃、目に指を入れて、腕を折って撃退したこと。」

……こういうことについて猪木にインタビューをしたかったそうなのだが、
「猪木様がパクを叩きのめし、目に指を入れたこと。」
「猪木様は反撃、目に指を入れて、腕を折って撃退したこと。」
「〜様」と「目に指」のギャップがたまらなく素敵だ!
 柳澤健はガチ!