第69回
萌の可能性、ペンギン娘
 萌はもう終わった! 萌えは末期! などと言い出す人が現れてからすでに数年たつわけですが、一向に死にませんな、これしかし!
 八十年代後半から『ラブひな』の登場くらいまでの長い間、漫画界はラブコメ冬の時代だったわけで、今のブームがそれの揺り戻しと考えると、もうそろそろ終わるような気がしないでもないですが……。まぁ、完全に1ジャンルとして定着して、このままずるずると行く可能性の方が高い気もするけど。
 と、まぁ、煮え切らねぇことをゴタゴタ考えたり書いたりするよりも、今あるものを素直に楽しんだ方がいいんじゃねぇでしょうか! 萌えが終わろうが続こうが、おもしろいもんがありゃそれでいいじねぇか、セックス!


 というわけで今回紹介するのが高橋てつや『ペンギン娘』だ!
 大財閥の長女で超オタク少女の南極さくらが、いろいろな萌え系の女の子達をいろいろな騒動に巻き込んでいく、というショートギャグ作品。
 ……ぶっちゃけた話、ストーリーらしいストーリーはない、というかわざわざ説明するようなストーリーはない。そして、キャラクターも類型的な萌えキャラばかりなのでこれといって説明することもない。
 本作を読んだ人の感想は、
 語るところのないただの萌え作品として蔑視する人と、
 何らかの可能性をはらんだ凄ぇ作品と思う人、
 この二つに極端に別れるような気がする。
 どっちが正しいか間違ってるかはともかく、どっちが楽しいかって言えば断然後者! 蔑視するよか可能性を無理にでも感じた方が楽しいに決まっとるんですよ!
 諸君らも強引に頭を柔らかくして無限の可能性を感じやがれ!
 で、どこらへん新しさを感じたのかというと、それはギューギューに情報が圧縮されている部分だ。
 空白を嫌うかのようにページのすみずみまで絵が描き込まれたアウトサイダーアートのごとき絵! 
 高速テンポのストーリー!
 それらの圧縮された情報全てが萌え系の女の子を輝かせる、という一点に向けられているのだ。
 圧縮されてギューギューに情報が詰まっているのに、ストーリーはどうでもいいし、キャラクターは類型的だ。こんなことってあるのか? あるのだ!
 なんかこういう風に書くと小馬鹿にしている感じに受け取られてしまうかもしれないが、違う違うそうじゃない。
 それはとんでもなく凄いことだと僕は思っている。
 だって、ここまで徹底できる人ってそうはいないと思うのだ。
 ここまで一点のみに傾けることは至難の業だと思うのだ。
 ここに新しい可能性があると僕は信じる。
 みんなも読んでそれを感じろ!