第59回
佐藤賢一 女信長
 オイオイオイ! ○i○i○i○i!(丸井丸井丸井丸井)
 書けばいいってもんじゃないんですよ、セックス!
 はい、この本のタイトルを見て下さい! いいですか、見ましたか? 見ましたね!
 それじゃ、一緒に言いましょう。
 書けばいいってもんじゃないんですよ!!

 ズバリ言って本作は、信長は女だったという作品である。
 上杉謙信が女だった、というのなら、百歩譲ってわかる。そういう説があるからな。
 だが、しかし……信長が女って……なんちゅう設定だコレ! こんなもんはダメだ!
 ……本屋で本作を見た時はそんな風に負の意味で猛ったのだが、なんと作者は筆力に定評のある佐藤賢一!
 佐藤賢一がこれだけ突飛なことをやるっていうなら読まないわけにはいかねぇ、なにやら凄いをことを書いているに違いねぇ。そう思って読み始めたのだが……いやはや、満足しました。
 おもしれぇですよ、これは!
 何がおもしろいって、歴史とファンタジーのすりあわせの部分だ。
 歴史上のあの事件、あの発想は、それらは信長が女だったからこそできたのだ、女だから発生してしまったのだ、という説明に魅力的な説得力があるのだ。歴史で謎として残っている部分に「女だったから」というピースを次々と埋めていく。
 そして信長の男に対するツンからデレ、デレからツンへと変化する部分がズバリ言って最高である。結構エロいし、萌えな雰囲気もあって恥ずかしながらおっきしたぜ! 特に斎藤道三との初セックス場面や、柴田勝家に身をさらす場面とか、もうチンチンが大きくなっちゃって大変だ! ちんちん!
 信長が女!
 大いに結構じゃないですか! これからは信長萌ですよ。
 ……わざわざ説明する必要はないと思うが、もしかしてもしかしたら勘違いする読者の方がいるかもしれないので一応、補足しておく。
 佐藤賢一はこれを新説として提示しているわけではない。小説という枠の中で信長が女だったら、というファンタジーを描いているのだ。
 そういったファンタジーにリアリティを持たせるために、細部まで描き込んでいるわけで、楽しく読むために読者はそういったファンタジーに身を委ねる必要がある。だから、そんなわけねぇだろう、と思いながら読むのは野暮中の野暮だ。素直に物語世界に飲み込まれるように!
 信長の性別をテーマとした伝奇小説には宇月原晴明「信長あるいは戴冠せるアンドロギュヌス」という超おもしろい作品もある。
 信長という人物の一生を眺めた時、そこには性に関するファンタジーのようものが漂っているのかもしれない。