第49回
王都物語

 ごちゃごちゃいわんと『王都物語』(今日の話題社)を買え。
 とにかく買えッ!
 本作は技巧的にはかなり下手な作品である。
 ……かなり厳しく断言してしまうが、おそらくここ数年出版されたまんがの中では一番、下手な作品じゃないだろうか? マイナー系まんがにありがちな、意図された下手さではない。
 純粋無垢に下手である!
 そして絵だけでなく、コマ割りも、ストーリー展開も下手である!
 駄目なまんがである!
 では、なぜ僕がそんな作品を薦めるのか? 
 それは情熱をビンビンに感じたからだ!
 優れた絵を生み出すことに熱意を注ぐまんが家はいる。優れたストーリーを生み出すことに熱意を注ぐまんが家もいる。
 しかし作者の羊崎文移は、情熱を表現することに熱意を注いでいる! 
 情熱!
 羊崎文移にとってまんがはそれを伝えるための手段だ。
 絵? ストーリー? それらも勿論、大切だろう。
 だが…オレはこのレベルでいい。余計な装飾を熱を失わせる。
 このやり方だから、このやり方じゃなければ伝えきれない、そういった類の熱さがあるんだ。
 初めてペンを握った時、胸で燃えたなにか。別にペンじゃなくったっていいさ。サッカーボールを初めて蹴った時、初めて感動した小説を読んだ時、夢中になれるなにかに踏み出した瞬間の熱。その熱は大切なものだ。だというのに、多くの人は忘れてしまう。読者のそいつを呼び覚ますには、このやり方が…オレにとっては一番、適している。単純な意味でいえば下手なまんがだろうさ。だけどな、技巧的に下手だから、それがなんだ? 技巧的に優れていて読者の胸を打つやり方がある。
 オレの方法で読者の胸を打つ方法がある。それだけの話だ。
 熱。そいつを読者の胸に灯すことができれば、それでいいんだ。それしかないんだ。
 ……いつの間にか羊崎文移を完全に憑依させてしまったが、つまりそういうことなのだと思う。
 下手さが初期衝動を思い出させる、という特異な方法ではあるが、間違いなく、伝えたいことと表現方法が一致している。アウトサイダーアートの一種と呼んでいいかもしれない。
 僕の心はグラグラと揺さぶられた。だから、みんなにも薦めたいんだ! 情熱!
 ……続刊が出ている所を見ると、僕みたいにグッと来てハッとなった人の数は意外と多いんだろうか?